南田井村(読み)みなみだいむら

日本歴史地名大系 「南田井村」の解説

南田井村
みなみだいむら

[現在地名]氷上町賀茂かも

西と北を安全あんぜん山に挟まれ南東に谷が開く。南は常楽じようらく村で但馬への道が通る。「丹波志」は北にある北田井村の枝村とする。永禄五年(一五六二)八月一九日の円通寺段銭米納帳(円通寺文書)に「南田井」とみえる。正保郷帳では田井村に含まれ、延宝検地により分村したという(「幸世村誌」など)。元禄八年(一六九五)柏原藩領となり(柏原藩領知目録)幕末に至る。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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