南茅村(読み)みなみかやむら

日本歴史地名大系 「南茅村」の解説

南茅村
みなみかやむら

[現在地名]八幡浜市松柏まつかや

千丈せんじよう川中流域の村。西は川を挟んで八幡浜浦に接する。慶安元年伊予国知行高郷村数帳(一六四八)宇和郡の項に「南茅村 茅山有、小川有」と記される。庄屋は八幡浜浦庄屋の兼任であった。宇和島藩領。

太閤検地石高は一四一石五斗八升四合、耕地面積の比率は田四九パーセント、畑五一パーセントであったが、寛文検地では石高が九パーセント減少し、田二八パーセント、畑七二パーセントに変化し、畑の開発が進んでいる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む