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南部利直 なんぶ としなお

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

南部利直 なんぶ-としなお

1576-1632 織豊-江戸時代前期の大名。
天正(てんしょう)4年3月15日生まれ。南部信直の長男。慶長4年陸奥(むつ)盛岡藩主南部家2代となる。5年上杉景勝攻めのため山形に出陣。6年和賀忠親らをほろぼし藩政の確立につとめた。大坂冬の陣,夏の陣にもくわわった。寛永9年8月18日死去。57歳。通称は彦九郎。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

南部利直

没年:寛永9.8.18(1632.10.1)
生年:天正4.3.15(1576.4.13)
江戸前期の盛岡藩(岩手県)藩主。名は彦九郎。信直の嫡子として三戸郡田子に生まれる。母は南部家臣泉山古康の娘。天正18(1590)年前田利家烏帽子親として元服し利直と改名。文禄3(1594)年蒲生氏郷の養女を娶る。4年信濃守。慶長3(1598)年父信直の指示を受けて盛岡築城を開始し,翌年襲封。6年和賀稗貫一揆の鎮圧後,城下の町割を推進するなど藩政の確立に努める。大坂の陣にも出陣。江戸桜田邸で没す。三戸聖寿寺三光庵に葬り,のち盛岡東禅寺に改葬された。<参考文献>菊池悟郎編『南部史要』

(細井計)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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