南部弾薬庫跡(読み)なんぶだんやくこあと

日本歴史地名大系 「南部弾薬庫跡」の解説

南部弾薬庫跡
なんぶだんやくこあと

[現在地名]具志頭村安里、糸満市摩文仁

米海軍の基地で、弾薬庫として使用されていたが一九七七年(昭和五二年)三月に全面返還された。返還面積は一・二八七平方キロ。施設は住民居住区域が点在する国道三三一号沿いから海岸へ至るまでの慶座(ぎーざ)バンタの後背地にあり、周辺が原野であったことから容易に確認できない場所にあった。また周辺はほとんどがサトウキビ畑として黙認耕作地となっていた。一九五七―五八年に米陸軍は安里(あさと)地域などでの住民反対運動を無視して土地を強制収用、使用を開始した。当初はナイキ基地南部弾薬庫として使用されていたが、ナイキ撤去後は陸軍と海軍の通常弾薬庫として使用されることとなった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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