南鳩原村(読み)みなみはつぱらむら

日本歴史地名大系 「南鳩原村」の解説

南鳩原村
みなみはつぱらむら

[現在地名]小高町南鳩原

小高川の支流前(まえ)川の南岸に位置し、対岸は北鳩原村。中世には鳩原村のうちで、のち当村と北鳩原村に分村。明暦二年(一六五六)に西の枝郷大谷(おおたに)村を分村(相馬藩政史)、天保郷帳には「古者 南鳩原村・大谷村弐ケ村」と注記される。正保郷帳に村名がみえ田方二四一石余・畑方四〇石余。明暦二年の高三一五石余(相馬藩政史)。元禄郷帳によると高二一九石余、ほかに枝郷大谷村四三六石余がみえる。なお元禄検地高は四一三石余、ほかに新田二六石余がある(奥相志)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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