卯之山村(読み)うのやまむら

日本歴史地名大系 「卯之山村」の解説

卯之山村
うのやまむら

[現在地名]阿久比町卯坂うさか

坂部さかべ村の南に続き、阿久比川が集落の東を南流し、集落中央を東流するまえ川と、南の稗之宮ひえのみや村境を東流する殿越とのこし川とはともに阿久比川の支流である。「寛文覚書」によれば、概高六三〇石余、田地三八町九反四畝余、畑地八町六反六畝余、新田高一七石余、戸数六三、人口四一七。将軍上洛・朝鮮使節通行の時東海道鳴海なるみ宿などへ人馬を出すとある。「徇行記」によれば「小百姓ハカリニテ貧村」で、農業を主とし大工六人がいた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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