原分村(読み)はるぶんむら

日本歴史地名大系 「原分村」の解説

原分村
はるぶんむら

[現在地名]佐世保市原分町

大野おおの村の北西に位置し、相浦あいのうら川が流れる。北東小塚こづか岳がある。大野の祝詞のりと神社の由来記(祝詞神社蔵)によれば、一四世紀前半に大野の開拓が半ばに及び、荒地との境に同社を創祀し、当地域を原分と称したという。地名春分・針分・張分などとも記すが、墾分の意である可能性がある。地内に戦国期とされるさかうえ城跡医王いおう寺跡などがある。江戸時代は平戸藩領で、正保国絵図に原分村とあり、高四八〇石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む