友兼村(読み)ともかねむら

日本歴史地名大系 「友兼村」の解説

友兼村
ともかねむら

[現在地名]大野市友兼

真名(まな)川の左岸、開発(かいほつ)村の東にあり、東南は御給(ごきゆう)村。永正元年(一五〇四)一二月二五日の宝慶寺寺領目録(宝慶寺文書)に「友包名小山庄内友包村」とある「友包」は当地と思われる。慶長一一年(一六〇六)頃の越前国絵図に「友兼村」高二九五九・二六石とあるが、この高は正保郷帳の当村と猪島(いのしま)村・下郷(しものごう)村・開発村・東山(ひがしやま)村・野中(のなか)村の村高合計にほぼ等しく、友兼はかつてはこれらを含む名称だったとも推定される。なお同帳によれば、当村は田方三五五石余・畠方二三石余。初め福井藩領、寛永元年(一六二四)木本藩領、同一二年幕府領福井藩預地、同一四年福井藩領、貞享三年(一六八六)幕府領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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