…儒家は,さらに巧妙に新事態に対処した。漢初,高祖のために宮廷儀礼を定めた叔孫通をはじめ,陸賈(りくか)や賈誼は法刑よりも恩徳の優先が漢政権を永続させる条件であることを力説した。武帝期には董仲舒(とうちゆうじよ)が天人相関の陰陽理論にもとづく春秋災異思想によって,国事の適否を判断し,国家政策の基本方針を合理づけた。…
※「叔孫通」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...