…仁清は1656‐57年(明暦2‐3)ごろから本格的な色絵陶器を焼造した。その典雅で純日本的な意匠と作風の陶胎色絵は,粟田口,御菩薩池(みぞろがいけ),音羽,清水,八坂,清閑寺など東山山麓の諸窯にも影響を及ぼし,後世〈古清水(こきよみず)〉と総称される色絵陶器が量産され,その結果,京焼を色絵陶器とするイメージが形成された。一方,1699年(元禄12)仁清の陶法を伝授され洛西鳴滝の泉山に窯を開いた尾形深省(尾形乾山)は,兄光琳の絵付や意匠になる雅陶を製作し,〈乾山(けんざん)焼〉として広く知られた。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...