日本歴史地名大系 「右衛門八分」の解説 右衛門八分えもはちぶん 埼玉県:大宮市右衛門八分[現在地名]大宮市堀の内町(ほりのうちちよう)など中山道大宮宿を構成する七組の一。本(ほん)村の東にある。当村名主の先祖右衛門八が開発したので村名としたという。右衛門八はもと堀(ほり)ノ内(うち)村に住し当地を開発したため、寛永六年(一六二九)の検地帳には「堀之内村ノ内右衛門八分」と記されていたという(風土記稿)。大宮領に属した(同書)。田園簿には堀ノ内村とみえ、田一〇三石余(うち見沼荒一五石)・畑五二石余、幕府領。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by