右馬允家安(読み)うまのじょう いえやす

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「右馬允家安」の解説

右馬允家安 うまのじょう-いえやす

?-? 鎌倉時代名主
東寺領の丹波大山荘(おおやまのしょう)(兵庫県)一井谷(いちいたに)に田8反を所有永仁(えいにん)2年(1294)同荘が東寺と地頭との下地中分(したじちゅうぶん)とされたとき沙汰人(さたにん)となる。文保(ぶんぽ)2年(1318)預所(あずかりどころ)と対決し,名主・農民による同荘の管理,年貢徴収などの請負を実現させた。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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