合志庄(読み)こうしのしよう

日本歴史地名大系 「合志庄」の解説

合志庄
こうしのしよう

合志郡内にあった郡名庄。中世合志氏の本拠であった竹迫たかば(現合志町竹迫)付近かと考えられる。太宰府天満宮安楽寺領。「天満宮託宣記」正暦三年(九九二)一二月四日の託宣に「右大弁惟仲(平)朝臣ハ我家門生也、肥後国司と有、為寺頓有用意、玉井名、合志庄等事とも、其志有(衍)モノナリ」とみえる。史料の性格上正暦三年の成立とは断じがたいが、玉名たまな庄が万寿二年(一〇二五)には安楽寺西法華堂の料所とされていることから(「天満宮安楽寺草創日記」太宰府神社文書)、合志庄の成立もかなり早い時期とみてよいであろう。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む