吉槻村(読み)よしつきむら

日本歴史地名大系 「吉槻村」の解説

吉槻村
よしつきむら

[現在地名]伊吹町吉槻

上板並かみいたなみ村の北、南流するあね川両岸に位置。上板並村との境を足俣あしまた川が南西流して姉川に流入西方七曲ななまがり(七廻り峠)越で鍛冶屋かじや(現東浅井郡浅井町)へ通じる。峠道は約四キロ、この間に七つのカーブがあったことから七曲峠の名が付いたという。寛永石高帳に村名がみえ高四七二石余、小堀遠州領(幕府領か)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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