日本歴史地名大系 「吉祥院村」の解説
吉祥院村
きつしよういんむら
[現在地名]南区吉祥院〈池田 町・池田南 町・池 ノ内 町・稲葉 町・井 ノ口 町・御池 町・落合 町・春日 町・観音堂 町・観音堂南 町・九条 町・口河原 ・車道 町・定成 町・里 ノ内 町・三 ノ宮 町・三 ノ宮西 町・清水 町・菅原町 ・砂 ノ町・高畑 町・堤外 ・堤外 町・中島 町・長田 町・仁木 ノ森町 ・西浦 町・西定成 町・西 ノ内 町・西 ノ茶屋 町・這登中町 ・這登西町 ・這登東町 ・八反田 町・東浦 町・東砂 ノ町・東前田 町・船戸 町・前田 町・蒔絵 町・政所 町・南落合 町〉・吉祥院新田 〈壱 ノ段 町・参 ノ段 町・下 ノ向 町・弐 ノ段 町〉
ほぼ北は
古代、この地域は石原郷(和名抄)に属し、
中世の吉祥院村に関しては、嘉吉元年(一四四一)の徳政一揆の時、隣接する上鳥羽村などの一揆衆とあわせて二、三千人が東寺に陣取ったことが知られている(東寺執行日記)。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報