吉野朝(読み)よしのちょう

世界大百科事典(旧版)内の吉野朝の言及

【南朝】より

…南北朝時代(1336‐92),大和国吉野を中心に後醍醐,後村上,長慶,後亀山の4代にわたり存立した大覚寺統の朝廷。京都にあった持明院統の朝廷を北朝とよぶのに対し,こちらを南朝とよび,また吉野朝ともいう。所在地は大和の金峯山寺,賀名生(あのう),河内の天野山金剛寺,観心寺などを転々とした。…

※「吉野朝」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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