吉野目村(読み)よしのめむら

日本歴史地名大系 「吉野目村」の解説

吉野目村
よしのめむら

[現在地名]那須町あずさ

西流する梓川と、八溝やみぞ山塊に沿って南流する三蔵さんぞう川の合流点近くに形成された小段丘上に位置する。三蔵川沿いに関街道が通る。北は中梓村、南は下梓村、西は伊王野いおうの村。西方にもう一つ同名の村があるため、東吉野目村とも称された。天正一八年(一五九〇)大関氏豊臣秀吉から安堵された所領のうちに「よしのめ」とあり、「大ひら」「水し内」「岩崎」と合せて高二四二石余(「黒羽藩領知高書上」宇都宮大学附属図書館蔵)。のち旗本芦野領となる。慶安郷帳では吉ノ目村とあり、田高六石余・畑高九石余(ただし都合高は合わない)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む