名礼村(読み)なれむら

日本歴史地名大系 「名礼村」の解説

名礼村
なれむら

[現在地名]谷汲村名礼

結城ゆうき村の西に位置し、集落は上名礼・中名礼・下名礼に分れる。もと正親まさちか村と称していたという(揖斐郡志)中世史料にみえる正近山まさちかやまと当地は関連するものと考えられる。慶長郷帳に「なれ村」とみえ、高八三二石余。元和二年(一六一六)の村高領知改帳では織田長孝(野村藩)領。正保郷帳では幕府領で、田八三石余・畑七四三石余・山年貢六石のほか小物成山年貢金一両余があった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む