名越文庫跡(読み)なごえぶんこあと

日本歴史地名大系 「名越文庫跡」の解説

名越文庫跡
なごえぶんこあと

問注所執事三善康信(善信)の名越亭にあったといわれる文庫。「吾妻鏡」承元二年(一二〇八)一月一六日条に、三善亭が焼失した際、その後面の山際に構えた文庫が焼亡し、将軍家文籍および雑務文書・日記類など累代の文書が灰燼に帰したため、康信は愁嘆のあまり落涙数行、心神惘然になったとある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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