向外瀬村(読み)むかいとのせむら

日本歴史地名大系 「向外瀬村」の解説

向外瀬村
むかいとのせむら

[現在地名]弘前市向外瀬・栄(さかえ)町三―四丁目・西城北(にしじようほく)一―二丁目・東城北(ひがしじようほく)一―三丁目・宮園(みやぞの)一―三丁目

弘前城下のすぐ北にあり、岩木川東岸に位置し、北は清野袋(せいのふくろ)村、東は撫牛子(ないじようし)村に続く。岩木川対岸の外瀬(とのせ)村と向合うための村名と思われる。

正保二年(一六四五)の津軽知行高之帳の平賀(ひらか)郡に新田として「向外之瀬村」とあり、村高一二二・三五石。寛文四年(一六六四)の高辻帳には村名がない。貞享四年(一六八七)の検地帳では、村高一二二三・八九三石と正保時の一〇倍になり、うち田方一一一五・六六五石、畑方一〇八・二二八石。田位は上田から下々田まで、斗代は上田が一・三石と高い。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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