向柳原町一丁目(読み)むこうやなぎはらちよういつちようめ

日本歴史地名大系 「向柳原町一丁目」の解説

向柳原町一丁目
むこうやなぎはらちよういつちようめ

[現在地名]台東区浅草橋(あさくさばし)四―五丁目、千代田区東神田(ひがしかんだ)三丁目

明治五年(一八七二)起立。神田川に架かる新(あたら)シ橋から北上する新シ橋通の東側にある。北は鳥越(とりごえ)川を隔てて浅草西鳥越(あさくさにしとりごえ)町、東は通りを隔てて浅草新平右衛門(あさくさしんへいえもん)町・浅草新福井(あさくさしんふくい)町・向柳原町二丁目、南西は神田餌鳥(かんだえとり)町(現千代田区)、南は神田元久右衛門(かんだもときゆうえもん)町一丁目・神田八名川(かんだやながわ)町(現同上)。江戸時代には大部分が武家地で、明治五年に町会所・籾蔵を廃止し、その跡地に医学館跡地・旧越後与板藩井伊氏上屋敷・旧信濃飯田藩堀氏上屋敷および小屋敷地を合併して向柳原町一丁目が成立した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む