吾田邑(読み)あがたむら

日本歴史地名大系 「吾田邑」の解説

吾田邑
あがたむら

「日本書紀」神武即位前紀に登場する地名で、同書によれば神武は一五歳で立太子し、その後「日向国の吾田邑の吾平津媛」を妃としたとする。「古事記」は吾平津媛を阿比良比売と表記し、阿多之小(「日本書紀」では吾田君小橋)の妹とする。また「日本書紀」では吾田君小橋らの本祖をホスセリ(海幸彦)とする。「大日本地名辞書」は油津あぶらつ吾平あいら津の地とする説があることを紹介したうえで、吾平が地名だとし(吾平津の「津」は港津の意味ではないとする)、吾田は薩摩国(八世紀初頭に日向国から分立)阿多あた、吾平は大隅国(和銅六年に日向国から分立)姶羅あいらのこととした。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む