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陵墓 りょうぼ

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知恵蔵2015の解説

陵墓

宮内庁が管理する陵は、歴代天皇112、皇后など76の計188。皇族らの墓は552。また伝承などから陵墓の可能性があるとして管理する陵墓参考地は46。現に命日に当たる日に式年祭をとり行っている「生きたお墓」として部外者の立ち入りを拒んできた宮内庁に、考古学界の批判が高まっており、近年は地元自治体などとの合同調査や修復のための調査などに一部研究者の立ち入りを認めるケースも出てきた。

(岩井克己 朝日新聞記者 / 2008年)

出典|(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵2015」
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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

陵墓

天皇や皇喉皇太后を葬った「陵(みささぎ)」と、それ以外の皇族の「墓」などからなり、合計850。他に被葬者を特定できないが陵墓の可能性がある「参考地」が46ある。皇室用財産として宮内庁が管理する。明治憲法公布直後の1889年に古墳時代天皇陵がすべて定まり、その後の変更はない。

(2010-11-16 朝日新聞 朝刊 オピニオン1)

出典|朝日新聞掲載「キーワード」
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デジタル大辞泉の解説

りょう‐ぼ【陵墓】

みささぎと、はか。天子や天皇・皇后・太皇太后・皇太后を葬る所である陵と、その他の皇族を葬る所である墓。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
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百科事典マイペディアの解説

陵墓【りょうぼ】

現在,歴代天皇・皇后等の墓として,宮内庁が比定し,国が維持・管理しているものの通称。1947年(昭和22年)に制定された《皇室典範》によれば〈天皇・皇后・太皇太后(たいこうたいごう)及び皇太后を葬る所を陵,その他皇族を葬る所を墓〉と規定されている。
→関連項目皇室財産尚泰土師氏

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世界大百科事典 第2版の解説

りょうぼ【陵墓】

君主の墳墓をいう。
【中国】
 文献では《史記》趙世家,粛侯15年(前335)の条に〈寿陵を起こす〉とあるのが初めてで,戦国中期,国君が生前にみずからの墓をつくり,それを〈陵〉と称したことを記す。墓上に土を盛り上げた墳丘墓の出現は春秋末期からで戦国時代に盛行した。例外として安徽省屯渓西周墓ほかがあるが,低湿地に特殊に発達したものである。もともと殷・周時代の墓には墳丘がなかったのに対し,春秋戦国時代に墳丘墓が出現する理由を,古代史家の楊寛は,(1)殷・周から春秋戦国への社会変革により奴隷主貴族が没落して旧礼制の秩序が崩れ,宗族単位の埋葬制度に代わり,地主階級による家族単位の埋葬制度が形成された,(2)新興の地主・大商人層は家族私有財産の相続を図り,喪礼を重んずることでその継承を強固にせんとした,(3)集権君主体制が成立,爵位に基づく新身分制度が確立し,墳墓の大小,高低,棺槨,副葬品にまで厳格な規定がつくられた,(4)墓室排土の処理,の四つをあげている(《中国皇帝陵の起源と変遷》)。

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大辞林 第三版の解説

りょうぼ【陵墓】

みささぎとはか。天皇・皇后・太皇太后・皇太后を葬る陵と、その他の皇族を葬る墓。

出典|三省堂
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世界大百科事典内の陵墓の言及

【古墳】より

…古墳は古墳時代のものであり,古墓はそれ以後のものとしたのである。なお,《延喜式》は諸陵寮所管の陵墓を天皇および特定の皇后の陵と,皇子・皇女・太政大臣などの墓とに分けている。陵と墓との区別は,被葬者の身分の相違により,営造年代にはかかわらぬという立場である。…

【諸陵寮】より

…陵墓に関する事務を行う役所。729年(天平1)令制の治部省管下の諸陵司を,機構を拡張して改称した。…

【中国建築】より

…それは日本,朝鮮半島を包摂する東アジア文化圏の中心に位置すると同時に,特定の時期には中央アジアおよびインドとの交流をも消化しており,世界建築史上に特異な地位を占める。歴史的にみて,中国建築史の主流をなすのは,主として漢民族の王朝によって支配された都城,宮殿,壇廟,陵墓,長城など,官営建築の巨大な規模の工事の間断ない繰り返しであって,しかもそれら大群の建築が,中国封建社会に特有の官僚制度によって制御されたことが,時代を貫く不断で不変的な各種の原則を生みだす基本的要因となったと考えられる。 中国の建築は,通常,単体としてではなく,群体としての効用を意図して営まれるのが特徴である。…

【帝王陵】より


[王墓と帝王陵]
 帝王陵の名に値する墓として,あるいは大規模な葬送儀礼が行われたことを示す墓として,かつて問題にされた墓を列挙してみよう。応神,仁徳に代表される古代天皇陵,殷の大墓,秦漢帝国以降の帝陵,朝鮮三国時代から新羅統一時代にいたる陵墓,西アジアのウルの王墓とウル第3王朝の陵,ペルシア帝国の王陵,ハリカルナッソスのマウソレウム,エジプトのマスタバやピラミッドなどが著名である。これらの墓は2種類に大別することができる。…

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