味見村(読み)あじみむら

日本歴史地名大系 「味見村」の解説

味見村
あじみむら

[現在地名]美山町河内こうち神当部かんとべ中手なかんて南野津又みなみのつまた小当見おとみ西市布にしいちぬの

宝慶寺ほうきようじ(現大野市)に発して西流し、途中飯降いいふり山から流れ出る五郎四郎ごろうしろう川を合わせ、足羽川に合流する味見川の河谷に沿う六ヵ村の総称。東は飯降山系を境に大野城下、北は草間くさま(六五一・八メートル)を越えて羽生はにう谷、南は池田いけだの諸村(現今立郡池田町)西方東河原ひがしこうばら村。村内を大野と鯖江を結ぶ街道が通り、中手から分れると東南の上黒谷かみくろだに(現大野市)に至る。長承二年(一一三三)六月一四日付の官宣旨案(醍醐雑事記)に、参議藤原成通の所領川原郷内の一村として「味美村」が記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む