和泉新庄(読み)いずみしんしよう

日本歴史地名大系 「和泉新庄」の解説

和泉新庄
いずみしんしよう

鎌倉時代以降の開発により和泉庄から分出したと考えられる庄園で、現在の武本(たけもと)を含む一帯に比定される。正応五年(一二九二)四月七日、和泉保道は相伝の「和泉新庄惣領職内田畠在家并山野等」を「枌村・永野・折小野・鍋野・宇津野」と合せて子息の次郎保在に譲っている(「和泉保道譲状」肝付文書)。公事足の田数は一八町で、山野の四至は東は深谷、南は答(けどう)院境紫尾平尾、西は大平河、北は大河(ただし「君田河ヨリ下」)であった。武本に折尾野(おりおの)(折小野)、鍋野(なべの)、宇都野々(うつのの)(宇津野々)などの集落があり、枌村については武本のうち米(こめ)ノ津(つ)川沿いの水田地帯の小字杉田(すぎた)・西杉田(にしすぎた)・杉田道下(すぎたみちした)などが遺称地とみられ、同様に永野も武本地内の長野丸(ながのまる)などに、君田河は君名川(きみながわ)にあてられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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