日本歴史地名大系 「和泉庄」の解説
和泉庄
いずみのしよう
古代出水郡の郡域に成立した庄園。泉庄とも書いた(寛喜元年一〇月六日「六波羅下文案」肝付文書など)。古代末期、出水郡から
天承二年(一一三二)七月二一日の僧経覚解(近衛家本「知信記」同年巻裏文書)によれば当庄の前身である和泉郡は
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
古代出水郡の郡域に成立した庄園。泉庄とも書いた(寛喜元年一〇月六日「六波羅下文案」肝付文書など)。古代末期、出水郡から
天承二年(一一三二)七月二一日の僧経覚解(近衛家本「知信記」同年巻裏文書)によれば当庄の前身である和泉郡は
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...