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和田垣謙三 わだがき けんぞう

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美術人名辞典の解説

和田垣謙三

法学博士。但馬豊岡の人。号は吐雲。文部省御用掛・東京商業学校等に勤めた。和歌・俳句を数多く英訳した。大正8年(1919)歿、60才。

出典|(株)思文閣
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

和田垣謙三 わだがき-けんぞう

1860-1919 明治-大正時代の経済学者。
万延元年7月14日生まれ。文部省御用掛をへて,明治19年帝国大学教授となる。また日本女子商業,東京商業の校長として民間実業教育に尽力。大正8年7月18日死去。60歳。但馬(たじま)(兵庫県)出身。東京大学卒。号は吐雲。

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(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

和田垣謙三

没年:大正8.7.18(1919)
生年:万延1.7.14(1860.8.30)
明治大正期の経済学者,兵庫県出身。帝大卒。帝大法科大学教授のち同大農科大学教授。東大で経済学を草創期に基礎づくりしたことで知られる。明治19(1886)年帝大法科大学発足の年に教授に任じられ,31年に農科大学に転籍するまで,金井延 と共に和田垣・金井時代を築いた。シュタインワグナーの財政学を継承して社会政策学派の導入に努め,自由主義経済学からの転換をうながした。<参考文献>『東京大学百年史 部局史1』

(藤井隆至)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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