和田崎町(読み)わださきちよう

日本歴史地名大系 「和田崎町」の解説

和田崎町
わださきちよう

[現在地名]兵庫区和田崎町一―三丁目

今出在家(いまでざいけ)町の南に続く南浜の町で、天和元年(一六八一)の兵庫津検地帳(兵庫岡方文書)に町名がみえる。元禄九年(一六九六)の兵庫津絵図(井家蔵)では須佐(すさ)の入江の出口に当たる水路と海の間の砂嘴状浜地に位置し、南北に細長い町並で南端に和田明神が描かれている。寛政八年(一七九六)の兵庫津各町家数人数書上(安田家文書)の家数二九三・人数一千一六五。浜本陣の網屋惣兵衛家(肥後熊本藩)があった。なお明治一九年(一八八六)の地方行政区画便覧には和田崎町のほか和田崎町三丁目がみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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