唐人古場窯跡(読み)とうじんこばかまあと

日本歴史地名大系 「唐人古場窯跡」の解説

唐人古場窯跡
とうじんこばかまあと

[現在地名]多久市多久町 西の原字尾越

現多久町西の原(にしのはる)の尾越(おごえ)墓地と隣接してある。慶長の役(一五九七)に出陣した竜造寺安順が、朝鮮より連れ帰った陶工の一人、李参平が最初に窯を築いた場所と伝えられ、今日も陶片が多く出土する。

彼は、続けて邑内の現道祖元の保四郎(さやのもとのほしろう)山、藤川内の大(ふじのかわちのうう)山、山口の高麗谷(やまぐちのこうらいだに)でも陶器を焼くことを試みたと伝えられ、のちに有田(現西松浦郡有田町)に行き磁土を発見して磁器を焼き、多久家の被官金ヶ江三兵衛と名乗った(丹邱邑誌)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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