唐岩番所跡(読み)からいわばんしよあと

日本歴史地名大系 「唐岩番所跡」の解説

唐岩番所跡
からいわばんしよあと

[現在地名]檮原町永野

宝永元年(一七〇四)に設置された土佐・伊予国境の境目番所。現在地芳じよし峠東方二〇〇メートル、四国カルスト横断道に面して碑が建つ。「南路志」は地芳番所と記す。高知城下まで二二里。伊予国古味こみ(現愛媛県上浮穴郡柳谷村)を経て松山まつやままで一二里。唐岩の名は、付近のカルスト地形を唐の景色にみたてたものという。

天明元年(一七八一)一〇月一〇日、唐岩口番人長山喜平次の郡方先遣所への差出(「檮原町史」所収)に「御鉄砲壱挺御公儀より相渡す玉目三匁五分、但相渡候年暦相知れ申さず候」とあり、天明以前に鉄砲・弾丸が官給品として備え付けられていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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