石灰岩をはじめドロマイト,チョーク,岩塩など可溶性の成分からなる岩石がみられるところで,溶食作用に関連して生ずる諸地形。石灰岩の主成分である炭酸カルシウムCaCO3は,二酸化炭素CO2を含む雨水や地表流,地下水によって溶解されるので,その結果,石灰岩露頭の表面および地下には種々の特殊な溶食地形が見られ,特殊な景観がつくり出される。カルストという学術用語は,岩石を意味するクルスまたはクラスというスラブ語のドイツ語化で,ユーゴスラビア北西部の石灰岩地域の地方名カルストに由来している。
カルスト地形が十分に発達するためには,第1に弱酸性の水に溶解する性質のある石灰岩のような可溶性の岩石が,相当の厚さをもって地表付近に広く分布していることである。その岩質も緻密で,層理や節理に富み,割れ目の多い方が,地下水の浸透や流動を容易にし,溶解が進みやすい。第2に石灰岩の溶解には十分の水が必要であるから,多雨気候の地域の方が好条件であり,森林なども間接的に溶解作用を促進する働きをもつ。したがって,水が氷の形で存在する寒帯地方やほとんど雨の降らない砂漠地方では,石灰岩が存在してもカルスト地形の発達は著しく制約される。第3には,石灰岩地における地下水の自由な浸透や流動を可能にするような高度と起伏をもち,河谷に取り囲まれていることが必要である。カルスト地形の完全な発達のためには,とくに溶食作用の十分な進行に有効な高度や起伏をもつことが重要な条件となる。
石灰岩の広く露出している地域では,岩石の弱線に沿って溶解が進むにつれて,局地的に地表が低下したり,地下溶食によって生じた地下の空隙が陥没したりして,ドリーネdolineと呼ぶ凹地(くぼ地)が各所に発生する。地表流は,これらの凹地を通じて地下に排水されてしまうので,普通の河川はできないで,その代りに地下水系(隠蔽水系)が発達する。
ドリーネはカルスト地域に見られる基本的な地形で,典型的なものは円形あるいは楕円形をなし,断面が漏斗状や皿状であるが,不整形のものもまた多い。その大きさも直径数mから数百mに及ぶものもある。これらのドリーネは,しばしばある方向に並んで分布し,地層の傾きや節理,断層系など地質構造の影響を表すことが多い。山口県の秋吉台は,約130km2にわたって古生代の石灰岩が分布する日本最大のカルスト地域であるが,ここではドリーネ景観がよく発達し,もっとも多いところでは,1km2当り120~140個のドリーネが数えられる。アメリカ合衆国のインディアナ州オレンジ地方の石灰岩地では,1km2当り400個のドリーネ密度をもつところがある。一般に多雨地域ほどドリーネ密度は高い傾向がある。ドリーネがしだいに発達拡大して,隣のドリーネと連なり,さらに広い不整形の凹地となったものをウバーレuvaleという。
これらの凹地の底には,石灰岩中の不純物(粘土など)がテラ・ロッサと呼ばれる赤色の風化残留土となって集積する。日本のような温帯多雨地域のカルスト台地は,比較的厚いテラ・ロッサに覆われていて,広く草原や樹林となっている場合が多く,これを被覆カルストという。秋吉台カルストでは,その台地面に厚さ約5mのテラ・ロッサが残積し,とくに長者ヶ森一帯は被覆カルストの特徴をよく表している。秋吉台と同じように,古生代の石灰岩がカルスト高原をつくっている北九州市の平尾台でも,その南西部の千草台と呼ばれる台地が典型的な被覆カルストの性質をもっている。一方テラ・ロッサが流亡しやすい起伏の大きい傾斜地や,純度の高い石灰岩で残留土の少ない場合,または少雨気候下のカルスト地域などでは,石灰岩の露岩が広く露出し,裸出カルストと呼ばれる景観が展開する。ヨーロッパでは,中部や西部の石灰岩地は被覆カルストが多く,地中海沿岸の石灰岩地では裸出カルストの景観を表すところが多い。日本では,秋吉台の地獄台や平尾台の羊群原が比較的裸出カルストに近い景観を示す例としてあげられる。
石灰岩の露頭には,雨水や地表流による溶食作用によってさまざまの微地形が刻まれる。溝状の微地形をドイツ語でカレンKarren,フランス語でラピエlapiésといい,このカレンの景観が広く見られる原野を,ドイツ語でカレンフェルトKarrenfeldという。もっとも普通に見られるものは,条溝型カレンや水溝型カレンと名づけられるもので,ある程度傾斜した石灰岩の表面に,平行に並ぶ浅い溶食条溝が刻まれ,さらにそれが深い溶食水溝に発達する。これらはヨーロッパ・アルプスの高山カルストの石灰岩によく見られ,日本でも秋吉台の緻密な塊状石灰岩にこの型のカレンが多い。また節理などに沿う溶食によって,石灰岩が深い割れ目を生じたものは,割れ目型カレンとして区別される。溶食が進むと,テラ・ロッサに埋め残された状態で裸出する石灰岩の露岩が広く群をなして林立する特殊なカレンフェルトの景観が見られる。日本では,山口県の秋吉台カルストの一部地獄台が早くから特異なカレンフェルト景観で知られ,1928年天然記念物に指定され,北九州のカルスト高原平尾台も羊群原カレンフェルトを含めて,52年天然記念物となった。両地域の台面には風化残留土が厚く堆積しているが,地下溶食がさかんで起伏の大きい傾斜地では土壌が流亡して,溶食溝と溶食溝の間に高く残された石灰岩の岩柱群が広く裸出する。それは地表の傾斜や節理系,断層線などに沿って,溶食溝と岩柱群は平行にあるいは交差して規則的に並ぶ傾向が見られる。それぞれの岩柱の形は岩質の影響でさまざまであるが,緻密な塊状石灰岩の秋吉台では,おおむね尖頂状をなすものが多く,一方結晶質石灰岩からなる平尾台では,ほとんどの岩柱が円頂状をなすのが特徴的である。
石灰岩地では,地表に凹地やカレンフェルトの地形が貧弱であっても,その地下には,地下水の溶食作用によって形成された洞穴をもっていることが多い。このようなカルスト地域の洞穴は一般に石灰洞というが,その洞内がしばしば鍾乳石などの石灰華の堆積によって修飾されているので,鍾乳洞とも呼ぶ。石灰洞には横穴型の水平洞と縦穴型の垂直洞の二つの主要な型と,これから派生する複雑な形の傾斜洞があり,これらが連結して,一つの洞穴系を形成している。そのなかで,大規模で主洞に当たるものは,多くの場合水平洞で,有名な観光洞はほとんどこの型である。洞内では地下水中に溶存している炭酸カルシウムが,温度の変化や水分の蒸発などのために,方解石CaCO3の結晶となって再堆積して石灰華をつくり,多種多様の洞穴生成物を形成する。天井から垂れ下がるつらら状の鍾乳石,洞床にたけのこ状に堆積した石筍(せきじゆん),この両者が連結した形の石灰華柱,また傾斜面につくられた畦石(けいせき)ダムが何段にもうろこ状に重なった石灰華段丘など,きわめて多彩な景観をつくり出し,多くの観光洞でこれらが重要な観光対象となっている。
普通の谷を流れる河川が石灰岩地のところに達すると,ポノールponor(吸込穴)と呼ばれる洞穴に流れ込んで姿を消す。この川は少雨期には涸れ川となっていることも多い。このような出口のない谷を盲谷(めくらだに)といい,一般に石灰岩地の上流側に形成される。一方,石灰岩地の下流側には,地下水の出口である強力な湧泉や湧水洞が存在し,とくに急傾斜の岩壁に囲まれた谷頭から再び河川が始まるような,盲谷とは反対の地形が生じていることがある。これを袋谷(ふくろだに)という。これらの盲谷や袋谷はカルスト地形特有の河谷地形として注目される。
石灰岩地の凹地帯や盲谷,袋谷などがしだいに発達して,平たんな盆地状の沖積低地が現れるようになると,このようなカルスト平野をポリエpoljeと呼ぶ。ポリエは普通の盆地と違って,出口のない閉じた盆地で,山麓にはポノールや湧泉が分布し,しばしば排水が不十分で,多雨期には湧泉からの溢水や河川の氾濫によって,一時的に湖水を生ずることもある。河川がこの盆地を貫流していて,その下流側が石灰岩の峡谷となっている場合もある。
早くから研究されたユーゴスラビアのカルスト地方をはじめ,ヨーロッパやアメリカ合衆国,日本などの温帯地域のカルストは,おおむね高原状あるいは台地状の地形となり,広くゆるやかな小起伏面をなす台地面上に,ドリーネやウバーレのような凹地形を主とする景観が卓越する。
一方,熱帯・亜熱帯の多雨地域のカルストでは,円錐状または塔状の石灰岩丘が群在する起伏の大きい特異な景観を表すところが多い。古生代の石灰岩分布地域のベトナムやマレー半島では,こうした石灰岩の残丘をピナクルpinnacleと呼び,第三紀の石灰岩の多い西インド諸島のキューバやプエルト・リコでは,ペピーノpepinoあるいは大型のものをモゴテスmogotesと呼んでいる。その高さは数十mから数百mに達するものもある。ジャマイカでは,深いドリーネと円錐状のとがった石灰岩丘が交互に接して密集して並ぶ,起伏の大きい石灰岩地形が見られ,コックピット・カルストcockpit karstとして分類される。
石灰岩の分布面積が国土の7分の1にも及ぶといわれる中国では,とくに広西地方から貴州・雲南両省にかけて,古生代の石灰岩が広く分布し,石灰岩の岩峰群がそびえ立つ峰林あるいは石林と呼ばれる景観から,広い沖積平野に散在する孤峰と呼ばれるものまで,いろいろの発達時期に属するカルスト地形が見られることで注目されている。
熱帯・亜熱帯におけるこれらの円錐カルストは,温帯のものとはかなり異なった発達過程をもつようで,多雨気候下における地下水系の急速な発達によるさかんな溶食作用の結果とみなされる。
なおまた,極地カナダやシベリア北東部の永久凍土地帯では,地中氷の融解によってドリーネに似た凹地などが生じるが,この特殊な地形はサーモカルストthermokarstと呼ばれている。
執筆者:三浦 肇
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石灰岩地域に発達する特殊な侵食(溶解侵食=溶食)地形の総称。この名称は、スロベニア北西部カルスト地方に多く分布することに由来する。これは、石灰岩の主成分である炭酸カルシウムが、炭酸ガスを含んだ雨水や地下水に溶解されてつくられる、鍾乳洞(しょうにゅうどう)、ドリーネ、ウバーレ、ポリエ、カレンフェルトなどの特殊な地形のことをいう。
溶食を原因とするカルスト地形は、石灰岩層が薄かったり、寒冷で乾燥した地域においては発達しがたい。適度に降水量のある地域では、雨が石灰岩中の割れ目に浸透してしだいに溶解し、地中に水の通路を縦横につくる。このときからカルスト地形の一連の系統的な溶食過程を経た地形変化がみられるが、これをカルスト輪廻(りんね)という。
[三井嘉都夫]
石灰岩地域で溶食が始まる以前の地形を原地形とすると、石灰岩中の割れ目の部分が溶食され、その上部が陥没して表面にドリーネとよばれる円形の凹地(おうち)が形成される時期が幼年期である。ドリーネが発達して隣接するドリーネを結合して大きな凹地のウバーレをつくり、さらに凹地が拡大するとポリエとなる。さらに溶食が進むと石灰岩の表面に多くの溝(みぞ)が生じ、これが発達するとカレンフェルトができる。ここまでが壮年期である。なおも溶食が進むと錐(きり)形にとがった丘陵状の地形コックピットがつくられるが、これらの残丘群もやがては低まり、盆地床に続くなだらかな起伏地となる。このような状態が老年期である。
ドリーネ、ウバーレ、ポリエなどの底部は肥沃(ひよく)なテラロッサとよばれる土壌で覆われ、耕地や集落に多く利用されている。カルスト地形は、外国ではバルカン半島、中国の雲南省などに多く分布している。日本では広大なカルスト地形は乏しいが、山口県秋吉台、福岡県平尾台、広島県帝釈(たいしゃく)台、愛媛県大野ヶ原などに発達している。
[三井嘉都夫]
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…大正末年秋吉台における地層の逆転構造の発見以来,日本列島の複雑な地殻変動を解明する重要な学術研究地として注目されている。石灰岩地では雨水や地下水の溶解作用によって特有のカルスト地形が発達する。秋吉台上には河流がなく,これにかわって地下水系が発達し,秋芳(あきよし)洞(特天)・大正洞(天)・景清穴(天)・中尾洞(天)などの大鍾乳洞を発達させるほか,200以上にも及ぶ大小の洞窟があり,台麓には地下水の出口である湧泉が数多く分布する。…
…さらに石灰岩は炭酸ガスを含む水に溶けるため地表流が発達しにくいのも台地面を保存しやすくする原因である。溶食の結果生じたドリーネ,ウバーレなどのくぼ地や地下水の溶食による地下の鍾乳洞の発達などは,石灰岩に伴う特有の溶食地形であり,カルスト地形といわれる。日本では石灰岩の分布は断片的であるが,欧米,中国などでは石灰岩分布の規模が大きく,著名なカルスト地形の例が多い。…
※「カルスト地形」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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