善法寺村(読み)ぜんぽうじむら

日本歴史地名大系 「善法寺村」の解説

善法寺村
ぜんぽうじむら

[現在地名]尼崎市善法寺町・弥生やよい丘町おかちよう

額田ぬかた村の北西に位置し、北部を川が流下する。安貞二年(一二二八)三月七日の将軍藤原頼経袖判下文(前田育徳会蔵「武家手鑑」)に「摂津国善法寺」とみえ、源時光に勲功の賞として地頭職が宛行われている。文明一四年(一四八二)頃に作成されたと考えられる摂津国寺社本所領并奉公方知行等注文(蜷川家文書)には、京都建仁寺清住院領として善法寺がみえ、当知行とある。

文禄三年(一五九四)一〇月八日の善法寺村検地帳(太田家文書)によると山田如軒奉行、高二二四石余。田数九町九反余・畠数七町五反余・居屋敷一反余・荒七畝余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む