喜多見古墳群(読み)きたみこふんぐん

日本歴史地名大系 「喜多見古墳群」の解説

喜多見古墳群
きたみこふんぐん

[現在地名]世田谷区喜多見四丁目

多摩川左岸の野(の)川と清水(しみず)川に挟まれた立川段丘面の突端部に立地している。かつては慶元寺(けいげんじ)古墳群とよばれていたが、慶元寺境内にある慶元寺一号墳から七号墳のほか、境内の外にある稲荷塚(いなりづか)古墳・第六天塚(だいろくてんづか)古墳など、さらに喜多見陣屋(きたみじんや)遺跡の発掘調査で検出されている陣屋(じんや)一号墳から一四号墳(一〇号は欠番)で一つの古墳群を形成しているため、現在は喜多見古墳群と称されている。構成は慶元寺六号墳・陣屋五号墳が全長約二〇メートルの帆立貝形古墳で、陣屋一四号墳が径三〇メートル・幅七メートルの周溝をもつ円墳、他の古墳は径一五メートルから二〇メートルほどの円墳群である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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