嘉礼谷村(読み)かれいだにむら

日本歴史地名大系 「嘉礼谷村」の解説

嘉礼谷村
かれいだにむら

[現在地名]婦中町鶚谷みさごだに

和田わだ川の上流渓谷の盆地。西は礪波となみ郡、南は葎原むぐらはら村。鶚谷村の枝村。地名は三ヵ所の交界点をカレダニ(ザワ)とする中世期の民俗学的交通地名に由来すると考えられる。三ヵ所とは婦負郡射水いみず郡・礪波郡をさす(婦中町史)。享保六年(一七二一)の高四九石(「村付高改帳」島倉家文書)。しかし寛政二年(一七九〇)には新田高二一石余・免五厘余の記載のみである(高物成品々手鏡)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む