嘉納村(読み)かのうむら

日本歴史地名大系 「嘉納村」の解説

嘉納村
かのうむら

[現在地名]木造町下遠山里しもとおやまさと

田圃を隔てて東に下遠山里村、西に丸山まるやま村。加納村とも記された。

正徳三年(一七一三)の開村という(西津軽郡史)。享保一二年(一七二七)木造新田に属し、木造通三五ヵ村の一つで村位は下とある(平山日記)。元文元年(一七三六)検地帳によれば田畑屋敷合せて二二町四反九畝一〇歩、村高一〇五・〇一一石とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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