四牛村(読み)しうしむら

日本歴史地名大系 「四牛村」の解説

四牛村
しうしむら

[現在地名]水沢市佐倉河さくらがわ 常盤ときわ

那須川なすがわ村の東、北上川右岸沿いに位置し、対岸江刺郡二子町ふたごまち(現江刺市)。四丑・志牛とも書く。地名は延暦八年(七八九)の戦場「巣伏村」(「続日本紀」同年六月三日条)に関連するとも考えられる。村は「胆沢風土聞誌」によれば、建保五年(一二一七)下河原しもがわら村から分れて成立したという。応安八年(一三七五)四月一日斯波左京権太夫(大崎詮持)は葛西周防三郎に対して那須川郷とともに志牛郷を恩給している(「斯波左京権太夫宛行状」秋田藩家蔵文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む