四野沢堰(読み)しのさわせき

日本歴史地名大系 「四野沢堰」の解説

四野沢堰
しのさわせき

送橋(おくりはし)川支流の沢上(さわかみ)川から水を揚げ、四野沢の原野を開発するため開かれた用水堰。延宝四年(一六七六)長岡戸右衛門が主唱し、鈴木和泉(与一郎)・柴田七郎兵衛が尽力し、堰開発願を松山藩左沢(あてらざわ)役所(現大江町)に差出した。願書を受取った栂野門太夫代官は現地見分の結果、古真木(ふるまき)村がすっぽりと堰路に入る点に難色を示し、この計画は中止された。しかし翌五年栂野代官は長岡戸右衛門が和泉・七郎兵衛と協力して自力で開発すれば、収穫の一〇分の一を与えるとの条件で許可する。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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