因幡堂町(読み)いなばどうちよう

日本歴史地名大系 「因幡堂町」の解説

因幡堂町
いなばどうちよう

下京区烏丸通松原上ル東側、高辻通烏丸東入南側及び松原通東洞院西入北側

北は高辻(たかつじ)通(旧高辻小路)、南は松原(まつばら)通(旧五条通)、西は烏丸(からすま)通(旧烏丸小路)に面した広大な町で、町の中心に因幡堂平等(びようどう)寺がある。

平安京の条坊では左京五条三坊四保一六町東及び同四坊一保一町の西、平安時代中期以降は高辻烏丸小路東南の地。

長保五年(一〇〇三)、因幡守橘行平が私邸に任国より得た薬師霊像を安置し、のち子の光朝が寺とした因幡堂(平等寺)が当町に建立されて以後、近世の終りまで当町は因幡堂の境内であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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