朝日日本歴史人物事典 「土佐光茂」の解説
土佐光茂
室町後期の土佐派の絵師。「みつしげ」とも読む。宮廷絵所預。左近将監,刑部大輔,正五位下の位官を得た。大永2(1522)年から永禄12(1569)年までの記録が残る。土佐家系図は光信の子としており,光信の跡を継ぎ,大永3年にはすでに絵所預に補任,半世紀近くその座を独占した。著名な画事として宮中の「源氏物語屏風」,石山本願寺の障壁画,大徳寺瑞峯院の「堅田図襖」,仏画では長谷寺本尊の観音像,肖像画では「将軍義晴像」(京都市立芸大に下絵のみ現存)などがある。現存の代表作は足利義晴奉納になる滋賀桑実寺「桑実寺縁起絵巻」(1532)や奈良当麻寺「当麻寺縁起絵巻」(1531)がある。これらは光信様式を継ぎながら,伝統的なやまと絵と水墨画の融合にも成功しており,濃彩で緻密な描写を駆使した完成度の高い作品である。和漢融合様式の達成という点で,光茂の画業は極めて大きい。現存作は他に奈良長谷寺「長谷寺縁起絵巻」,大分の柞原神社「由原八幡宮縁起」,京都十念寺「十念寺縁起絵巻」がある。<参考文献>吉田友之「土佐光信」(集英社『日本美術絵画全集』5),宮島新一『土佐光信と土佐派の系譜』
(相澤正彦)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報