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土佐光茂 とさ みつもち

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

土佐光茂 とさ-みつもち

?-? 戦国時代の画家。
土佐光信(みつのぶ)の子。大永(たいえい)3年(1523)ごろには父の跡をついで絵所預(えどころあずかり)となり,永禄(えいろく)12年(1569)ごろまで活躍。従四位下,刑部大輔(ぎょうぶのたいふ)。大和絵装飾画の代表的作家で,作品に「桑実(くわのみ)寺縁起絵巻」「浜松図屏風(びょうぶ)」などがある。名は「みつしげ」ともよむ。

土佐光茂 とさ-みつしげ

とさ-みつもち

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

朝日日本歴史人物事典の解説

土佐光茂

生年:生没年不詳
室町後期の土佐派の絵師。「みつしげ」とも読む。宮廷絵所預。左近将監,刑部大輔,正五位下の位官を得た。大永2(1522)年から永禄12(1569)年までの記録が残る。土佐家系図は光信の子としており,光信の跡を継ぎ,大永3年にはすでに絵所預に補任,半世紀近くその座を独占した。著名な画事として宮中の「源氏物語屏風」,石山本願寺の障壁画,大徳寺瑞峯院の「堅田図襖」,仏画では長谷寺本尊の観音像,肖像画では「将軍義晴像」(京都市立芸大に下絵のみ現存)などがある。現存の代表作は足利義晴奉納になる滋賀桑実寺桑実寺縁起絵巻」(1532)や奈良当麻寺「当麻寺縁起絵巻」(1531)がある。これらは光信様式を継ぎながら,伝統的なやまと絵と水墨画の融合にも成功しており,濃彩で緻密な描写を駆使した完成度の高い作品である。和漢融合様式の達成という点で,光茂の画業は極めて大きい。現存作は他に奈良長谷寺「長谷寺縁起絵巻」,大分の柞原神社「由原八幡宮縁起」,京都十念寺「十念寺縁起絵巻」がある。<参考文献>吉田友之「土佐光信」(集英社『日本美術絵画全集』5),宮島新一『土佐光信と土佐派の系譜』

(相澤正彦)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

世界大百科事典内の土佐光茂の言及

【土佐派】より

…春日の工房を受け継いだ光信は91年から翌92年(明応1)にかけて広周の所領をも吸収・獲得し,ちょうどこのころに14世紀中期の絵所預中御門行光を自己の始祖と崇め,土佐派工房を確立した。その工房の繊細優美な流派様式は,光信の後継者土佐光茂(みつもち),その子の光元へと継承された。しかし光茂最晩年の1569年(永禄12)に光元が40歳で戦没し,室町時代の土佐派はついに廃絶した。…

【土佐光信】より

…他に光信の画歴として,《庚申図》にみる水墨画法の摂取も無視できないが,ことに障屛画家としての活動が注目される。1506年(永正3)に制作したとされる(《実隆公記》)《京中図屛風》一双の実態,土佐光起が光信作とする金地《松図屛風》(東京国立博物館)の筆者の帰属,足利義政の造営した東山殿障壁画制作への参加の可能性などが,後継者土佐光茂(みつもち)の画業や近世初期金碧画の動向とも関連して,今後さらに検討されよう。【吉田 友之】。…

※「土佐光茂」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

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