土布子村(読み)つちふごむら

日本歴史地名大系 「土布子村」の解説

土布子村
つちふごむら

[現在地名]大野市土布子

真名まな川と赤根あかね川が合流し、さらに九頭竜くずりゆう川に合流する所に位置し、東は森目もりめ村、南は下麻生島しもあそうじま村。永禄一一年(一五六八)六月二日の高村存秀当知行目録(平泉寺文書)に「土フコ村」とみえる。初め福井藩領、寛永元年(一六二四)大野藩領、天和二年(一六八二)幕府領福井藩預地、貞享三年(一六八六)幕府領、元禄五年(一六九二)美濃国郡上藩領となる。

正保郷帳によると田方二三四石余・畠方四六石余。元禄一一年正月の大野郡内郡上領分明細帳写(島田家文書)によると村高のうち二一五・六一九石が年貢地で、内訳は上田五町八反余・中田一町四反余・同中田四町三反余・下田六町一反余、上畑三反余・下畑三反余、屋敷六反余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

苦肉の策

敵を欺くために、自分の身や味方を苦しめてまで行うはかりごと。また、苦しまぎれに考え出した手立て。苦肉の謀はかりごと。「苦肉の策を講じる」...

苦肉の策の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android