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土肥氏 どひうじ

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世界大百科事典 第2版の解説

どひうじ【土肥氏】

相模国土肥郷を本領とする中世武家。桓武平氏の流れをくむ相模国西部の雄族中村氏の一族で,中村荘司宗平の次男実平が土肥郷を分領して名字の地としたことにはじまる。実平はその子遠平とともに源頼朝の挙兵に参じ,鎌倉幕府開創期にめざましい勲功をあげた。そのため鎌倉御家人の中でもその地位は高く,所領経営の面でも土肥郷に北接する早河荘を支配下に入れるなど,その勢力は日増しに拡大した。しかし1213年(建保1)の和田合戦で,遠平の子惟平が同族の土屋氏らとともに和田方にくみしたため,惟平の子息2人は討死し惟平も捕らえられたのち斬首となって,老いた遠平がようやく本領を維持したものの,一族の衰退は覆いようもなかった。

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All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

世界大百科事典内の土肥氏の言及

【沼田荘】より

…安芸国沼田郡(現,広島県三原市一帯)の荘園。沼田川流域一帯を中心として沼田郡の大部分を占めたもので,沼田本荘と新荘とに大別される。本荘だけでも7郷,あるいは8郷から構成されていた。本荘は河口に近く平野部の多い現三原市の西部や,その西隣の本郷町一帯であり,新荘は沼田川上・中流部の山あいの村々や,さらに南にとんで現竹原市内の海ぞいの地域までを含んでいる。平安末期には京都蓮華王院の所領となっている。成立の経緯は明らかでないが,おそらく沼田氏が開発領主として荘域の開発・拡大につとめ,同氏によって平清盛造営の蓮華王院に寄進されたものと思われる。…

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