地京原村(読み)じきようはらむら

日本歴史地名大系 「地京原村」の解説

地京原村
じきようはらむら

[現在地名]中条村大字御山里(みやまさ)

梅木(うめき)村(現中条村)の西に接する。虫倉(むしくら)山(一三七八メートル)の南下に位置する農山村。村名の初見は慶長七年(一六〇二)の川中島四郡検地打立之帳(小柳文書)に「五百六拾五石七斗五升九合 地京原村」とある。元禄の松城領高辻帳の添目録(大日方文書)によると、江戸時代初期から枝村に栗本(くりもと)村・蔵本(くらもと)村・矢原(やばら)村・古沢(ふるさわ)村・藤沢(ふじさわ)村など九ヵ所があった。文化六年(一八〇九)の人口は六九四人であった(松城領封内人員)。中世は春日氏の領地に属するという(長野県町村誌)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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