坂田北遺跡(読み)さかたきたいせき

日本歴史地名大系 「坂田北遺跡」の解説

坂田北遺跡
さかたきたいせき

[現在地名]森町飯田・睦実

太田(おおた)川左岸の、東から西へ開く小さな谷の出口に近い標高約二五メートルの谷底低地に立地する。平成七年(一九九五)に発見され、翌年本格的調査が行われた。深い部分に縄文時代後期末の堅果類加工場跡と推定される二条の小川と三基のドングリ貯蔵穴、屋外焚火跡五ヵ所が発見され、クリ、クルミ、トチ、コナラ、アラカシ、アベマキ等の堅果類と製粉用の石皿・叩石が検出された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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