坂田宮(読み)さかたのみや

日本歴史地名大系 「坂田宮」の解説

坂田宮
さかたのみや

坂田郡にあったとみられる行宮。「倭姫命世紀」に天照大神の鎮座地を求めて巡歴する倭姫命が「四年乙未、淡海ノ甲賀ノ日雲宮ニ遷リたまひ、四年斎き奉る。時に淡海の国造、地口御田ヲ進る」とあり、また「八年乙亥、同国の坂田宮に遷幸ナリテ、二年斎き奉る。時に坂田君等、地口御田ヲ進る」とあり、倭姫命が甲可日雲宮に次いで坂田宮にとどまり、天照大神を奉祭していたことが知られる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む