坊ヶ小路渡(読み)ぼうがこうじのわたし

日本歴史地名大系 「坊ヶ小路渡」の解説

坊ヶ小路渡
ぼうがこうじのわたし

府内城下南東の大分川にあった渡し。城下塩九升(しよくじよう)口から出た道は東新(ひがししん)町を南下して日向道(臼杵・府内城路)となり、大智(だいち)寺門前で東に折れて大分川に至る。渡場一帯は坊ヶ小路町とよばれ(雉城雑誌)、同川を渡ると対岸は下郡(しもごおり)村であった。「豊後国古城蹟并海陸路程」に「同城より東ノ方、坊ケ小路川迄八町、此川歩渡り、常水の時、広さ五拾間、深さ弐尺五寸、大汐の時者、深さ三尺五寸、但水出申候は、船渡り」と記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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