垢田村(読み)あかだむら

日本歴史地名大系 「垢田村」の解説

垢田村
あかだむら

[現在地名]下関市大字垢田・垢田町一丁目・同三―五丁目・新垢田南町しんあかだみなみまち一―三丁目・新垢田東町しんあかだひがしまち一―二丁目・新垢田西町しんあかだにしまち一―四丁目・新垢田北町しんあかだきたまち古屋ふるや町一―二丁目・綾羅木南町あやらぎみなみまち一―二丁目の各全域、および垢田町二丁目・山の田西町やまのたにしまち山の田中央やまのたちゆうおう町の各一部

現下関市の西部にあたり、北は綾羅木あやらぎ、東は稗田ひえだ、南は武久たけひさの各村に接する。西はひびき灘に面し海上六連むつれ島を望む。長府藩領で西豊浦郡前支配に属する小村。

慶長一五年(一六一〇)検地帳に「赤田村」と記され、総石高二六一石余、うち田一四町余で二二〇石余、畠八町余で二七石余、百姓屋敷四五。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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