垪和庄・垪和郷(読み)はがのしよう・はがごう

日本歴史地名大系 「垪和庄・垪和郷」の解説

垪和庄・垪和郷
はがのしよう・はがごう

旭川左岸の吉備高原上の現旭町東垪和・中垪和・西垪和、現中央町大垪和西・大垪和東を遺称地とし、一帯に推定される。安元二年(一一七六)の八条院所領目録(山科家古文書)に「垪和」とみえる。また嘉元四年(一三〇六)の昭慶門院領目録(竹内文平氏旧蔵文書)歓喜光かんきこう(現京都市左京区)領として「垪和庄東西」があり、領家職は近江園城おんじよう寺の円満院であったが、かなり以前に没収され重経が知行のときに返付された。そのとき万疋が進上されているが、これが年貢かどうかは不明とあり、本家は皇室で、その得分の一部が御願寺歓喜光院に寄付されたものであった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む