塔田村(読み)とうだむら

日本歴史地名大系 「塔田村」の解説

塔田村
とうだむら

[現在地名]豊前市塔田

野田(のだ)村の東に位置し、北部を中津街道(宇佐勅使街道・上往還)が通る。暦応三年(一三四〇)一〇月二五日、「豊前国分寺領内塔田村政所職」が弓削田孫増に安堵された(「某安堵状」西郷文書/南北朝遺文(九州編)二)。康永元年(一三四二)一一月一日の足利尊氏寄進状案(興国寺文書/南北朝遺文(九州編)二)には「天目寺」(現赤池町の興国寺)への寄進地のうちに「塔田参町」の地頭職があげられている。戦国期と推定される年月日未詳の西郷遠江守給地分坪付(西郷文書/豊前市史 文書資料)に「一所参拾四町七反 塔田薬興寺」とみえるのは当地のことか。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む