塚手村(読み)つかでむら

日本歴史地名大系 「塚手村」の解説

塚手村
つかでむら

[現在地名]気高町上光かみみつ

馬場ばば村の南、光元みつもと谷の中央部、河内こうち川支流末用すえもち川の下流域に位置する。南は広木ひろぎ(現鹿野町)。拝領高は一六六石余、本免は五ツ三分。藪役銀一匁三分五厘が課せられ(藩史)佐治氏・坪井氏の給地があった(給人所付帳)。「因幡志」では家数六。安政五年(一八五八)の村々生高竈数取調帳によると生高一九八石余、竈数一四。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む