塩尻村(読み)しおじりむら

日本歴史地名大系 「塩尻村」の解説

塩尻村
しおじりむら

[現在地名]一宮市千秋ちあき塩尻しおじり

小山おやま村の南西にある。村の北西境を青木あおき川が流れ、中央に人家が集中する(天保村絵図)。天正末は織田信雄の家臣植原次郎右衛門の知行地(織田信雄分限帳)、文禄四年(一五九五)には秀吉の家臣稲葉彦六(典通)の知行地があった(稲葉文書)。概高五二五石余で藩士一一人の給知。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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